役員報酬は所得を分散するほど節税になるということをご存知でしたか?同族会社で経営している中小企業の場合、妻や家族に所得分散することもできます。そして所得分散を行うことによって節税効果も得られるのです。
今回の記事では所得を分散することでどのような節税効果が得られるのか、またその注意点について事例を通してご紹介していきます。
所得分散が節税につながる仕組み
ではまず、なぜ「所得の分散」が節税に繋がるのでしょうか。
所得税の税金計算は「累進課税制度」を採用しているため、低い所得の場合には税率も低くなり、所得が上がるほど高い税率が使われています。具体的に所得税の税率は「5%から45%」の7段階に区分されています。
例えば200万円の課税所得がある場合、使用する税率は10%となり、所得税は以下の算式で計算されます。
200万円×10%−97,500=102,500円
一方、課税所得が1,000万円ある場合には税率は33%まで上がります。計算式は以下の通り。
1,000万円×33%−1,536,000=1,764,000円
課税される所得金額に応じて所得税率は以下のように定められています。
課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
195万円以下 | 5% | 0円 |
195万円を超え 330万円以下 | 10% | 97,500円 |
330万円を超え 695万円以下 | 20% | 427,500円 |
695万円を超え 900万円以下 | 23% | 636,000円 |
900万円を超え 1,800万円以下 | 33% | 1,536,000円 |
1,800万円を超え4,000万円以下 | 40% | 2,796,000円 |
4,000万円超 | 45% | 4,796,000円 |
所得税の税率は段階的に変わっていきますので、例えば1,000万円の所得を社長、妻、家族で分散することにより、それぞれ一人一人の所得を下げることができます。所得が下がると「税率」も下げることができるので節税効果が生まれるのです。
役員報酬を所得分散する節税効果
では具体的に、社長が一人で役員報酬を受け取る場合に比べ、社長と妻、子供の3人で所得を分散する際にはどれほどの節税効果が生まれるのでしょうか。
今回の例では、
- 社長に年間1,200万円の役員報酬がある場合
- 役員報酬を分散して社長に400万円、妻に400万円、息子に400万円の所得を受け取る場合
で比較してみます。
どちらも家族単位では1,200万円の役員報酬を受け取る形となります。
【例1】社長一人に役員報酬1,200万円を支給する場合の所得税
ではまず社長に1,200万円の役員報酬があり、妻と子供には所得がなく扶養している状態の場合、所得税計算は以下のようになります。
(1,200万円−220万円(給与所得控除)−51万円(※人的控除)−38万円(基礎控除))×23%−636,000=1,413,300円
※人的控除51万円の内訳=配偶者控除13万円+扶養控除38万円
配偶者控除は控除を受ける納税者本人の合計所得によって13万円〜38万円の間で推移します。今回の場合には1,200万円の役員報酬から給与所得控除220万円を差し引くと合計所得は980となりますので、配偶者控除は「950万円超1,000万円以下」になり13万円となります。
控除を受ける納税者本人の合計所得金額 | 配偶者の控除額 |
900万円以下 | 38万円 |
900万円超950万円以下 | 26万円 |
950万円超1,000万円以下 | 13万円 |
1,200万円の役員報酬から各種控除を差し引くと課税対象となる所得は891万円となりますので合計所得は23%(695万円超900万円以下の所得税率)の所得税率が採用され、所得税額は1,413,300円となります。
【例2】社長の役員報酬400万円、妻400万円、息子400万円の所得税
では社長の1,200万円を妻と息子へそれぞれ400万円ずつ分散した場合にはどうなるのでしょうか。
社長、妻、息子にそれぞれ均等に400万円ずつ役員報酬を分散した場合の所得税は以下の通りです。
社長の所得税
400万円−134万円(給与所得控除)−38万円(基礎控除)×10%−97,500=130,500円
妻の所得税
400万円−134万円(給与所得控除)−38万円(基礎控除)×10%−97,500=130,500円
息子の所得税
400万円−134万円(給与所得控除)−38万円(基礎控除)×10%−97,500=130,500円
この場合、妻と息子は社長の扶養から外れますので配偶者控除や扶養控除などの人的控除を社長は使うことができなくなります。
それぞれ社長、妻、子供の所得税額を合計すると、391,500円となります。
社長が一人で1,200万円受け取った場合 | 1,200万の所得を家族で3分割した場合 | |
---|---|---|
所得税額 | 1,413,300円 | 391,500円 |
社長が一人で1,200万円受け取った場合には所得税1,413,300円だったのに対し、所得を3分割した場合には391,500円となり、役員報酬を均等に3人で分配する場合には約100万円の節税効果があることが分かります。
所得を分散することにより所得税率も23%から10%まで下がっています。
所得を分散して更に扶養控除を使って節税
先ほどの例では妻と子供がそれぞれ社長の扶養から外れた前提でそれぞれの所得税計算を行いました。では妻と子供を扶養に入れた状態で所得を分散した場合にはどれほどの節税効果があるのでしょうか。
配偶者、扶養親族はそれぞれ以下の要件を満たす場合には控除を受けることができます。
配偶者控除を受けるための要件
配偶者控除を受けるためにはその年の12月31日の現況で次の4つの要件を全て満たしていなければなりません。
- 民法の規定による配偶者であること(内縁関係の人は該当しません。)。
- 納税者と生計を一にしていること。
- 年間の合計所得金額が38万円以下(令和2年分以降は48万円以下)であること。(給与のみの場合は給与収入が103万円以下)
- 青色申告者の事業専従者としてその年を通じて一度も給与の支払を受けていないことまたは白色申告者の事業専従者でないこと。
※平成30年分以後は、控除を受ける納税者本人の合計所得金額が1,000万円を超える場合は、配偶者控除は受けられません。
扶養控除を受けるための要件
扶養控除を受けるためにはその年の12月31日の現況で次の4つの要件を全て満たしていなければなりません。
- 配偶者以外の親族(6親等内の血族及び3親等内の姻族をいいます。)または都道府県知事から養育を委託された児童(いわゆる里子)や市町村長から養護を委託された老人であること。
- 納税者と生計を一にしていること。
- 年間の合計所得金額が38万円以下(令和2年分以降は48万円以下)であること。(給与のみの場合は給与収入が103万円以下)
- 青色申告者の事業専従者としてその年を通じて一度も給与の支払を受けていないことまたは白色申告者の事業専従者でないこと。
扶養範囲内での所得分散の節税効果
では次に妻と子供が扶養に入ったままの状態、つまり配偶者控除、扶養控除を使った状態で所得を分散するとどれほどの節税効果があるのかを見てみましょう。
【例3】社長の役員報酬1,000万円、妻100万円、息子100万円の所得税
社長の所得税
(1,000万円−220万円−(給与所得控除)76万円(※人的控除)−38万円(基礎控除))×20%−427,500円=904,500円
※人的控除=配偶者控除38万円+扶養控除38万円
このケースでは社長の合計所得が900万円以下(1,000−220万円=780万円)になりますので配偶者控除は38万円となります。
妻の所得税
100万円−65万円−38万円=課税所得ゼロ
子供の所得税
100万円−65万円−38万円=課税所得ゼロ
扶養の範囲内で家族に所得を分散した場合、社長の課税所得は666万円となり、20%の所得税率が採用されます。
社長の役員報酬は妻と子供に分散している分下がりますので、先ほどの一人で1,200万円の役員報酬を受け取る場合と比較するとやはり節税効果があります。
妻と子供はそれぞれ役員報酬が100万円ですので課税所得はゼロとなり、所得税は発生しません。
社長が一人で1,200万円受け取った場合 | 1,200万の所得を、妻子が扶養範囲内になるよう分割した場合 | |
---|---|---|
所得税額 | 1,413,300円 | 904,500円 |
社長一人で役員報酬を受け取った場合と比較すると役員報酬を妻と子に100万円ずつ支給することにより約50万円の節税効果があることが分かります。
所得の分散について、社長が一人で1,200万円報酬を受け取る場合、それぞれ400万円ずつ受け取る場合、妻と子が100万円ずつ受け取る場合を比較すると所得税額は以下の通りになります。これらの3つの例をまとめると所得税の負担は以下の通りとなります。
社長 | 妻 | 子 | 合計 | |
---|---|---|---|---|
社長に1200万円 | 1,413,300円 | 0 | 0 | 1,413,300円 |
全員に400万円 | 130,500円 | 130,500円 | 130,500円 | 391,500円 |
妻と子に100万円 | 904,500円 | 0 | 0 | 904,500円 |
この3パターンを比べると、社長、妻、子供均等に役員報酬を400万円ずつ分配する方法が最も節税につながっていることが分かります。
それぞれの所得を400万円まで下げることで所得税率を10%まで抑えることができているからです。
税率のみで比較すると、社長に1,200万円役員報酬を支給する場合の税率は23%、1000万円の役員報酬の場合は20%、400万円の役員報酬の場合には10%となっています。
しかし、「社会保険料」なども含めて考えた場合、妻や子供を社長の扶養に入れておいた方が良いという場合も多々あります。
では次に、社会保険料を考慮した場合にどのような違いが発生するのかを見ていきましょう。
社会保険料を考慮した場合の役員報酬設定額
妻と子供を社長の扶養に入れておくことで税金面での控除を受けられるのはもちろんですが、社会保険の扶養に入れておくことで社会保険料の支払い額にも大きな違いが生じてきます。
例えば先ほどの社長、妻、子供3人に400万円ずつ所得がある場合、社会保険の扶養から妻と子供がそれぞれ外れる形になりますから、妻と子供が各自で社会保険料を負担しなければなりません。
それぞれ月額34万円の等級で計算した場合、以下の社会保険料を支払う必要が出てきます。
- 健康保険料:33,660円(個人と会社負担分)
- 厚生年金:62,220円(個人と会社負担分)
妻と子供が社会保険の扶養から外れた場合、この約10万円の社会保険料を会社と個人で負担しなければならず、年間で二人合わせると約240万円の社会保険料の支払いが発生します。
もちろん、社長の扶養に入っていればこの社会保険料負担は発生しません。
所得税だけでなく社会保険料の負担も考えた場合、一概に1,200万円の所得を400万円ずつ分けるのが一番良い方法になるとも言い切れません。
ちなみに、妻と子供を社会保険の扶養に入れる場合には妻と子供が「常勤役員」である場合、社会保険の加入義務が発生してしまうので、非常勤にしておくなどの工夫も必要となります。
妻や家族に所得分散する際の注意点
妻や家族に所得分散する際には役員報酬が税務署から否認されないように注意しなければなりません。妻や子供の支払う役員報酬が不相当に高額な場合には、その部分を損金として参入できないことがあります。
役員報酬が不相当に高額かどうか、税務署は
- 実質基準
- 形式基準
によって判断します。
実質基準とは
実質基準では以下の基準に基づいて判断します。
- 役員の実際の職務内容に対して役員報酬額が妥当かどうか
- 法人の収入や利益 、使用人に対する給料の支給状況から見て妥当かどうか
- 類似業種、同規模等の役員報酬の支給状況などと照らし合わせ妥当かどうか
実質基準ではこれらの条件に照らし合わせ役員報酬の金額が妥当かどうか判断されます。もし妥当ではないと判断された場合には損金算入されない可能性がでてきます。
形式基準とは
もう1つの基準は「形式基準」です。形式基準では定款にある規定や株主総会等の決議によって定められている報酬に沿っているかによって判断されます。
役員報酬を妻や家族に支給して否認された事例
実際に税務署から過大報酬の判定を受け損金算入が認められなかった判例もあります。
非常勤の取締役3名に対して支給した役員報酬額が不相当に高額であるとされ、一部損金不算入とされた事例
このケースではそれぞれ同族の役員3名に対して報酬300万円〜900万円相当支払われていましたが、その額が高額であるとして認められませんでした。
結果132万円~192万円が相当額とされ、それ以上の部分に関しては否認されています。
請求人側からの主張としては社員に対しての給料と比較し相当額であること、銀行借り入れの際、担保として個人資産を提供しているとのことなどを理由に一部取り消しを主張しましたが、それらの事実が認められずなかったこと、類似法人の報酬額などを理由として主張は認められず、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分がなされました。
親族への役員報酬額を決定する場合には、その金額が適正かどうか必ず税理士などの専門家に相談するようにしましょう。
まとめ:役員報酬を妻や家族に所得分散して節税する方法
今回の記事では役員報酬を妻や家族に分散して節税する方法についてご紹介しました。役員報酬を分散することで所得税の税率を下げることができ大きな節税効果を期待することができます。しかし社会保険の扶養から外れることで社会保険料負担が大幅に増加することも覚えておかなければなりません。
また実態がなく明らかに税金逃れだと判断される場合、税務署からはその役員報酬部分については否認されてしまうこともあります。
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