歯科医師の節税対策としては「医療法人化」という選択肢があります。一定条件のもと、歯科医師は法人化した方が節税につながる場合があります。ただし医療法人化することにはメリットだけでなくデメリットもありますし、医療法人には特有の制度もありわかりづらい部分も多々あります。今回の記事では医療法人化することによる節税効果やメリット、デメリットについて詳しく解説していきます。
歯科医師の医療法人化がなぜ節税になるのか
歯科医院を個人として運営している場合、法人化とすることで節税になるケースがあります。その1つの理由としては、個人の所得税率と法人税等の税率の違いがあげられます。
個人の所得税率
歯科医院を個人事業として経営している場合、事業所得に対して所得税を支払います。この所得税は所得税率に基づいて計算されているわけですが、所得税率は超過累進税率を採用しています。
超過累進税率とは、所得が上がるにつれ税率も上がるというもので、所得税の税率は最大で45%にもなります。
課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
195万円以下 | 5% | 0円 |
195万円を超え 330万円以下 | 10% | 97,500円 |
330万円を超え 695万円以下 | 20% | 427,500円 |
695万円を超え 900万円以下 | 23% | 636,000円 |
900万円を超え 1,800万円以下 | 33% | 1,536,000円 |
1,800万円を超え4,000万円以下 | 40% | 2,796,000円 |
4,000万円超 | 45% | 4,796,000円 |
所得が少なければ税率も5%と低い税率ですが、所得が多い場合には最大45%の税率となり、高所得者にとっては非常に大きな税負担となります。
法人に課される税率
法人税等に課税される税率も法人の所得に応じて変わります。
それぞれ400万円、800万円の壁があり、法人の所得がその金額を超えると税率も高くなります。法人税「等」には
- 法人所得税
- 法人住民税
- 法人事業税
が含まれており、それらを合わせた税率は以下の通りです。
課税される所得金額 | 表面税率 |
---|---|
400万円以下 | 22.50% |
400万円〜800万円 | 24.90% |
800万円超 | 36.80% |
法人の課税所得が400万円以下の場合には表面税率22.5%、800万円を超えると36.8%の税率になります。
高所得の場合は法人税率の方が低い
上記の所得税率と法人税率を比較すると、所得が少ない場合には個人としての所得税の方が税率は低いことが分かりますが、高所得になるにつれ、法人税率の方が所得税率よりも低くなっていくことがわかります。
つまり、個人で歯科医院を経営している場合、所得が低いうちは個人事業でも良いのですが、高所得になるにつれ法人化した方が節税になるというケースがあるというわけです。
医療法人の税金優遇措置
医療法人は通常の法人とはいくつかの異なる点があり、特に税金部分で優遇されています。
社会保険診療報酬等に係る所得の非課税
医療法人では「社会保険診療報酬等」に係る所得については非課税とされています。つまり課税所得から社会保険診療報酬等を差し引いた部分に対して税率を掛けられます。
医療法人の課税所得は以下の計算式で算出します。
課税所得=総所得額-(社会保険分の収入金額-社会保険分の経費額)
ここで算出した社会保険診療報酬等を差し引いた課税所得に対して税率がかけられます。
法人税率の軽減措置
更に、「特定医療法人(租税特別措置法第67条の2の規定による国税庁長官の承認を受けた医療法人)」に関しては法人税等の軽減税率の適用が可能となり、税務上の優遇措置を受けることができます。
法人税率に関しては一律19%に、800万円以下の部分に関しては15%になります。
外形標準課税の対象から除外
また本来、資本金1億円以上の法人については、外形標準課税が行われています。
外形標準課税とは事業所の床面積や従業員数、資本金等及び付加価値など外観から客観的に判断できる基準を課税ベースとして税額を算定する課税方式のことを言います。
法人事業税が法人の行う事業に対して課税されるのに対し、外形標準課税は会社が受けている地方団体の行政サービスに対しての課税となります。
しかし、この外形標準課税についても医療法人は除外されることとなっています。
医療法人にすると給与所得控除が使える
個人事業から法人にすることで歯科医師は法人から給料(役員報酬)を受け取る形となります。
個人事業の場合にも65万円の青色申告控除がありますが、法人から給料をもらう場合、「給与所得控除」を使うことができます。
そしてこの給与所得控除の額は65万円の最低額から始まり、最高で220万円の控除を受けることができるものとなっています。
給与等の収入金額(給与所得の源泉徴収票の支払金額) | 給与所得控除額 | |
---|---|---|
1,800,000円以下 |
| |
1,800,000円超 | 3,600,000円以下 | 収入金額×30%+180,000円 |
3,600,000円超 | 6,600,000円以下 | 収入金額×20%+540,000円 |
6,600,000円超 | 10,000,000円以下 | 収入金額×10%+1,200,000円 |
10,000,000円超 | 2,200,000円(上限) |
法人化した場合、この最大220万円の給与所得控除が使えるということも1つのメリットとなります。
医療法人で親族を役員にして節税
また医療法人化することで親族を役員にし、所得を分散して節税することもできます。
先ほどお伝えしたように所得税は超過累進税率を採用しているため、所得を分散すればするほど税率も低くなり税金も安くなります。
例えば1,000万円の課税所得がある場合には通常33%の税率が採用されます。
しかしこの所得を夫婦で500万円ずつ受け取った場合、税率は20%となります。
このように親族を役員にして所得を分散することにより所得税の節税効果を得ることができます。
退職金を法人の経費にすることが可能
また法人では退職金を法人の経費として支払うことができます。法人としても経費になりますし、退職金には非常に大きな控除があるため、受け取る側としてもあまり税金をかけずに退職金を受け取ることができます。退職所得は以下の算式で計算され、勤続年数に応じた退職所得控除を受けることができます。
(収入金額(源泉徴収される前の金額) - 退職所得控除額)×1/2
勤続年数(=A) | 退職所得控除額 |
---|---|
20年以下 |
|
20年超 | 800万円 + 70万円 × (A – 20年) |
医療法人化による事業継承
また法人化により相続の際に事業継承をしやすくなります。更にそれだけでなく相続税対策にもなります。
平成30年に事業承継税制が大幅に改定され、一定の条件に該当すれば贈与税、相続税ともに発生しないということもあります。
医療法人化によるデメリット
一方、医療法人化することによるデメリットもあります。
具体的には
- 設立手続きや費用
- 社会保険の強制加入
があります。
会社の設立手続きが煩雑
個人事業を設立する際には最低限以下の書類を税務署に提出することで簡単に開業をすることができました。
- 個人事業の開業・廃業等届出書
- 青色申告承認申請書
しかし法人設立となると提出書類は非常に増えます。まず法人設立のためには設立登記しなければならず、設立登記をするためには
- 定款の作成
- 公証人役場で交渉人の認証
- 資本金の払い込み
を行わなければなりません。
またその他にも最低以下の書類を準備し、確約書に提出なければなりません。
- 法人設立届出書(税務署、都道府県、市区町村)
- 青色申告の承認申請書(税務署)
- 給与支払事務所等の開設届出書(税務署)
- 源泉所得税の納金の特例の承認に関する申請書(税務署)
- 健康保険・厚生年金保険新規適用届(年金事務所)
- 健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届(年金事務所)
さらに、もし法人として従業員を雇う場合には労働基準監督所、ハローワークに行ってそれぞれ手続きが必要となります。
法人設立費用に関しても、登記やその他の代行手数料なども含めると30万円程度は発生します。
複雑な法人会計処理
また医療法人の会計は非常に計算が複雑です。先ほどの社会保険診療報酬等の控除計算に加え、消費税の課税事業者となっている場合には課税非課税区分など専門的な知識が必要となります。
その場合、法人として専門の税理士と顧問契約を結ぶ必要があり、顧問料として毎月固定での支出が発生することとなります。
法人は社会保険強制加入
法人になると社会保険への加入が義務となります。個人であれば常時使用する従業員の人数が5人未満の事業所や、
- 第一次産業(農林水産業)
- サービス業(理容・美容業、旅館、飲食店、料理店、クリーニング店等)
- 士業(社会保険労務士、弁護士、税理士等)
- 宗教業(神社、寺等)
などの業種の場合には加入は任意とされていました。しかし法人となると社会保険は強制加入となります。
社会保険料に関しては年々率が増加しており、現在では健康保険料9.9%、(介護保険に該当する場合11.63%)厚生年金保険料18.3%となっています。(東京都)
社会保険料は法人と個人でそれぞれ半分ずつ負担する形になるので、法人としても個人としてもこれらの支出は大きな負担となります。
医療法人における注意点
「医療法人」は通常の法人とは異なり、独自の特徴があるので注意しましょう。
医療法人は決算ごとに報告書を都道府県に提出
医療法人の場合には通常の法人とは違い、決算ごとに事業報告書を作成して都道府県に提出しなければなりません。
これは医療法により定められているもので、会計年度終了後3ヶ月以内に提出するものとされています。提出された事業報告書は誰でも閲覧することができ、情報公開により財務内容の透明性が図られています。
剰余金の配当禁止
また医療法人では剰余金の配当が禁止されています。通常法人では利益が出た時など会社に発生する剰余金は配当などで株主に還元することができます。
しかし医療法人ではこの剰余金の使い道は医療の向上に還元するものとして、医療法第54条で剰余金の配当を禁止しています。剰余金の具体的な使い道としては
- 設備整備に要する費用
- 医療機関の医療従事者を含めた法人職員に対する給与改善費用
- 将来の施設整備に係る積立金(医療法人に留保)
と定められています。
またこの規定に違反した場合は、罰則として20万円以下の過料が科される場合もあります。更に配当だけでなく役員賞与も同様に禁止されています。
容易に解散できない
医療法人の1つの特徴として、「容易に解散できない」というものがあります。解散するためには以下の事由がなければならないとされています。
- 定款で定める解散事由の発生
- 目的たる業務の成功の不能
- 社員総会での4分の3以上の賛成による決議
- 他の医療法人との合併
- 社員の欠乏(社員の辞任・死亡による不足)
- 破産手続開始の決定
- 設立認可の取消
これらの中には都道府県への届出や認可が必要なものもあります。
社員総会の決議による解散の場合には、手続きが少しでも欠けると解散は無効になってしまう場合もあります。
残余財産の帰属先が制限
また法人が解散した場合、法人に残った残余財産は処分することとなります。
しかし医療法人の場合、残余財産の帰属先は以下と定められており、この中から帰属先を選定することとなります。
- 国
- 地方公共団体
- 財団医療法人
- 持分の定めのない社団医療法人等
この残余財産の帰属先についての制限は、平成19年4月1日に、医療法人に関する新しい法律が施行されたことによるもので、医療法改正以降は出資持分無しの医療法人のみ設立できることとなりました。
ただし、最初に出資した基金については定款に定めることにより返還させることは可能です。
1人に1議決権が与えられる
医療法人の場合は、1人に1議決権が与えられています。つまり「株数」ではなく人数によって議決権が与えられます。
株式会社の場合、1株式に対して1議決権を持っていますので1人の社長が多数の議決権を持つことが可能です。
しかし医療法人は1議決権は頭数となりますので、将来議決権が相続された際にはトラブルとなる可能性もあるので注意しましょう。
まとめ:歯科医師が医療法人化して節税!法人化のメリット・デメリット
今回の記事では歯科医師が医療法人化することによるメリットやデメリットについてご紹介しました。
メリットとしては特に税金面での節税効果が挙げられます。個人医院として売上が大きくなってきている場合、法人化による節税を検討しても良いかもしれません。ただし、法人化することによるデメリット、医療法人ならではの注意点もあります。個別のご相談は専門の税理士や節税コンサルティングサービスをご利用ください。